#2 Hiroshi Takayama

2003年度久保田万太郎記念講座担当講師は、あの高山宏氏!脱領域的に八面六臂の活躍を続ける高山氏の思想に一歩近づくために、巽先生によるブックガイドをどうぞ!


<久保田万太郎記念講座>
小説家、劇作家、俳人として知られる故久保田万太郎(1889-1963)が全著作権を慶應義塾に寄贈したことを記念して1964年から設置されている講座。これまで西脇順三郎、高橋誠一郎、吉川幸次郎、五所平之助など数々の著名な学者・文化人が担当している。

■講義情報
2003年度久保田万太郎記念講座 現代芸術II(秋学期)
高山宏「エクプラーシスとマニエリズム」
9月30日より火曜3限(1:00~2:30)
慶応義塾大学三田キャンパス大学院棟313番教室

■高山宏(たかやま・ひろし)
1947年岩手県生まれ。東京都立大学人文学部教授。専門の英文学以外にも、美学、建築、江戸などの幅広いジャンルで翻訳・評論を手がける。著書に『アリス狩り』『ふたつの世紀末』『綺想の饗宴』(いずれも青土社)、訳書に、ジュール・ヴェルヌ『月世界旅行』(東京図書),スティーヴン・カーン『視線』(研究社)など。


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CONTENTS

序文
■2003年度後期・久保田万太郎記念講座講師就任記念祝辞 「高山宏というジャンル」

書評
■高山 宏『ガラスのような幸福――即物近代史序説』(五柳書院)
初出:『東京新聞』6/19/1994

■バーバラ・M・スタフォード『アートフル・サイエンス』高山宏訳(産業図書)
初出:『読売新聞』4/13/1997

随想
■「テクノゴシック世紀末」
初出:高山宏『ブックカーニバル』(自由国民社)

■そのうちツーショット―魔の王が見る女性状無意識…小谷真理
初出:高山宏『ブックカーニバル』(自由国民社)

対談
■週刊朝日百科『世界の文学』創刊記念特別対談「文学を見よ」
初出:『AERA』1999年7月12日号


「八木敏雄先生の新著を言祝ぐ新春の会」
@国際文化会館 2012年 1月 21日

徹底討議
「『不思議の国のアリス』と/のアメリカニズム」
『ユリイカ 2015年3月臨時増刊号』(第47巻 第3号)
総特集「150年目の『不思議の国のアリス』」


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<序文>
2003年度後期 久保田万太郎記念講座講師就任記念祝辞 「高山宏というジャンル」
巽孝之

かつて 1980年代のこと、高山宏さんは、富山太佳夫さんと並んで、我が国の英文学研究の最先端を切りひらく若手ナンバーワンでした。それに先立っては、昭和一桁世代の高橋康也、由良君美、小池滋という巨星が輝いていましたが、続く団塊世代の高山さん、富山さんの活躍は、以後四半世紀ものあいだやむことがなく、いまでは名実ともに我が国の英文学界における権威として君臨しておられる。昭和一桁世代が新批評以後の教えをまんべんなく摂取したとすると、団塊世代は構造主義批評以後の最良の成果を取り込み具体的な文学や文化の分析へ活かしていった点で、いまも絶大な影響力をふるっています。

わたしがおふたりのものを読み出したのは大学院に入った年あたり、1978年ごろにさかのぼるでしょうか。このころにはまだご両人ともご著書はありません。にもかかわらず、青土社が出している<ユリイカ>や<現代思想>といった批評誌や、中央公論社が出していた<海>のような尖端的文芸雑誌を定期的に読むようになると、海外文学や批評理論の最新思潮を紹介する論考やコラムではきまって、高山、富山という名前に行き当たる。北陸の高速道路をドライヴしますと高山と富山という町の名前が仲良く並んで記されている標識をよく見かけますが、いってみれば、英文学研究の極北に向かって高速で飛ばしていくと高山、富山の両巨頭の名前が道しるべになっているわけですね。1947年、48年といったお生まれですから、わたしよりちょうど7,8歳上なので、まだお会いする前から、なんだか頼りがいのある兄貴分のように思っていたものです。

初対面は、1991年 11月に八王子セミナーハウスで開かれた高山さん主宰になる第 156回大学共同セミナー「世紀末・甦るアリス」。以後、学会のシンポジウムや雑誌の対談などでご一緒することが増え、ご厚意に甘えて慶應義塾大学藝文学会から今回の久保田万太郎記念講座まで、何かにつけご登場いただきました。この十年あまりおつきあい願った一端に関しては、拙著『メタフィクションの思想』(ちくま学芸文庫、2001年)に高山さんご自身のご寄稿を賜った解説に詳しいので、どうぞご参照下さい。とにかくいちど話しはじめると、こんなに話題が豊富で楽しいかたは、まずいないのです。

それでは、いったい高山宏さんのご専門は何なのでしょうか。こういう問いの建て方をすると、ご本人は「専門」などという概念そのものに対して、鼻で笑ってすませるかもしれません。たしかに、最初のご著書である『アリス狩り』(青土社、1981年)には、タイトルどおりのルイス・キャロルやエドワード・リア、それに何とハーマン・メルヴィルについての卓見にみちた論考がぎっしり詰め込まれており、その背後にはマニエリスムの理論家グスタフ・ルネ・ホッケが見え隠れしますし、さらに高山さんが手を染めた翻訳だけに限っても観念史の大御所マージョリー・ニコルソンや博物学的想像力の怪物ユルギス・バルトルシャイティス、独身者の思想家ミシェル・カルージュ、精神分析批評と新歴史主義批評の交点レイチェル・ボウルビー、文化史研究の先覚者バーバラ・スタフォードなどなど、まさに珠玉の玉手箱といった様相を呈しています。かつてC・P・スノウ卿は科学と文学という「二つの文化」の架橋を説き、それはのちにトマス・ピンチョンのような巨大なるメタフィクション作家に受け継がれましたが、我が国でそのように圧倒的な知性はまさに高山宏さんに代表されるといっても過言ではないでしょう。したがって、これは現在、日本英文学会会長を務める高橋和久さんが用いた表現ですが、わたしたちはいまやこうご紹介するしかないのですー「高山宏の専門は高山宏そのものである」と。

奇妙な表現に聞こえるでしょうか。しかし、学問する主体がこちら側にあって、その対象があちら側にあるというような近代的二項対立の図式は、とうに過去のものになっています。読んでいると思ったら読まれているという認識論的可能性を度外視して、いまどのような知的活動もありえない。となると、主体としての知性が圧倒的であればあるほど、それは自らの読みのベクトルを知らず知らずのうちに自己自身の奥深くへと差し向けているものなのです。かつて高山さん本人が名付けたナルシス的な「リフレクトする病」とは、まさしく高山宏自身を解析するのに最もふさわしい病理学的体系ではなかったでしょうか。高山宏が何らかのジャンルを語るのではなく、高山宏本人がひとつのジャンルなのです。したがって、いま数多いご著書を律儀に並べ立ててもあんまり意味がない。ただし、目下いちばん手に取りやすい一冊として、創元ライブラリから出ている文庫『殺す・集める・読むー推理小説特殊講義』(2002年)だけは、たった 1000円ですから、強くお薦めしておきましょう。 

本日はそのように巨大な知性を三田の山にお迎えし、21世紀にふさわしい美学を語っていただける幸福を、みなさんとともに噛みしめたいと思っています。
9/25/2003


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<書評>
巽孝之
 

英文学史を超えて広くヨーロッパ文化史の分野で、近代と反近代のアイロニカルな関係性を説き明かすべく果敢な知的冒険を重ねてきた高山宏。その最新刊は、ユニークな副題「即物近代史序説」も暗示するように、かつらやテーブル、電話や心霊写真といったモノの名前がずらりとならぶ。

では、これは文学論ではないのかといえば、断じてそんなことはない。たとえば一七世紀の望遠鏡や顕微鏡といったテクノロジーが、いかに形而上詩からリアリズム小説にいたる文学的レトリックへ影響をおよぼしたか。たとえばテーブルが、語源的にいかに板だけでなく法や表など、混沌に満ちた世界を構造化するという分類学的ニュアンスを帯びていたか。そしてたとえば、心霊写真なる不合理な発明品さえもが、いかに科学的知性をもつ作家たちルイス・キャロルやコナン・ドイルをひきつけたかが、鮮やかに解析される。

今日では、豊かさの価値が疑われることはないが、本書によれば、その価値観自体、一九世紀商業革命におけるデパートの勃興があって初めて確立した概念だった。料理や料理書の形成にしても、百科全書的・分類学的観念と切り離せない。そして、現代人最大のレジャーである旅行にしても、近代植民地政策と深くからみあって形成されてきたのだ、と著者は雄弁に説く。

わたしがいちばん楽しんだのは中盤、世紀末におけるスポーツと耽美派美学が意外な連携を見せ、無数の熱狂者が誕生しマニア的主体が形成されていく近代史を語る三つの章だった。そこでは闘牛とF1の類推から、闘牛士よろしくF1ドライバーの見世物がいかに新たなる宗教となり、いかに熱狂的な狂信者をふやしていくかが語られる。

透徹した時代分析者としての高山宏は、まさに彼自身がF1ドライバーに優るとも劣らぬ「知のスポーツマン」だ。その意味で、本書は高山ワールドへのまたとない入門書といえよう。
6/7/1994
初出
『東京新聞』6/19/1994


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<書評>
巽孝之


本書は、一八世紀啓蒙主義時代の視覚文化を再解釈し、二〇世紀末電子メディア革命の可能性へ接ぎ木しようとする、今日最も野心的かつ実験的な文化史である。

たしかに近代まで、科学技術の分野は長く蔑視されてきたから、本書のように芸術と技術の相互交渉史を根本から問い直す視座は、それだけで魅惑的だ。ただし、本書の決定的価値は、これが今日、最も衝撃的なオリエンタリズム研究であるという一点にひそむ。

もともと啓蒙主義時代は西欧的理性の時代であるとともに、まさにその背後で一神教が多神教に脅かされるのを恐怖する理性の危機の時代でもあった。視覚に訴えかけて人心を攪乱する「アジア的魔術」は、ほんらい理性的であるべき人間を腐敗させるという懸念が、この時代を覆う。げんにヒュームからルナンにおよぶ知識人が、モーゼやモハメッドやキリストを、奇跡の名のもとに外見ばかりの手品(アートフル・サイエンス)を駆使する口八丁手八丁の詐欺師と見て論難した。それは、書物を精読して磨くべき知性の内面的成長を妨げるからだ。 したがって、もともと低次元の体系として軽視されてきたテクノロジーと反理性的な秘術として警戒されてきたカトリシズムとをほとんど同一視してしまうプロテスタント的視線こそ、いわゆる東洋差別すなわちオリエンタリズムの言説を形成するのにいちばん力があったという前提は、きわめて妥当なものだろう。しかしスタフォードは、このように画像を否定して書物のみを重視する教育だけが教育ではなく、むしろそうした二項対立を根本からゆらがすアートフル・サイエンスが意外に重要な役割を演じた大衆教育が最も啓蒙的だったのではないかと問い直す。

この見解が鋭利なのは、今日のマルチメディア教育はもちろん、おそらく他のどこよりもテクノロジーとオリエンタリズムの波を浴びてきた高度資本主義日本の現在的位置についても、刺激的なヒントを与えてくれるからである。

      4/8/1997
初出
『読売新聞』4/13/1997


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<随想>
 巽孝之


この三月、文遊社の西村珠美と名乗る女性編集者から電話があった。故・由良君美氏の単行本未収録論文を中心的に集めて選集をつくりたい、ひいてはその第一巻『メタフィクションと脱構築』の解説を依頼したいという申し出だった。たしかに昨年出した拙著『メタフィクションの謀略』(筑摩書房)では由良氏の「メタフィクション論試稿」に言及したが、基本的に師弟関係のないわたしは、当初ためらわざるをえなかった。由良氏ゆかりの人々の中でも、高山宏氏の顔が真っ先に浮かんだのは、いうまでもない。

だが世の中には、さまざまな予兆に押し倒されてどうしても引き受けざるをえなくなる仕事がある。話をするうちに、西村氏は大学時代に由良氏の本を愛読したこと、高山氏や四方田犬彦氏には相談ずみであること、そして以前の同社での仕事は衝撃の死を遂げたキャンプSF作家鈴木いづみと前衛ジャズ・ミュージシャン阿部薫に関するエッセイ集だったことがわかった。これはちょっとした驚きだった。このことを親しい編集者に話すと、みんな顔色が変わったものだ。そう、自身鈴木いづみ風いでたちの西村氏にとって、鈴木いづみも由良君美もカルトな書き手であることに、何のちがいもないのだろう。「(由良氏に)まったく新しい読者層がつくかも知れませんね」とコメントした人もいる。

ハイカルチャーとポップカルチャーの境界脱構築が叫ばれて久しいし、わたし自身そうしたものの見方を自明のものと考えてきたつもりだったが、さすがに、東大教養部長までつとめたロマン派研究の泰斗とアングラ文化の生んだキャンプ作家とを同じ座標軸で読み楽しむ感覚に直接出会ったことはない。たぶん問題なのは境界脱構築の図式そのものではない、そこにどのように奇怪なとりあわせの妙を演出できるかという、かぎりなくゴシック的な再編集感覚なのだろう。このことに思い当たった時、あんがい西村氏のような女性が由良氏の編集者として向いているのかもしれないな、と実感した。まさしくそうした「ゴシック的再編集感覚」からなる「境界脱構築」こそは、由良君美氏から高山宏氏への系譜において着々と耕され、そしてさらにはおそらく西村氏を代表とするような二〇代前半の若い世代にまで脈々とうけつがれた「隠れた文化」だと思うからである。

そういえば、かつて『SFマガジン』九三年九月号でテクノゴシック特集をやることにきまったとき、そこにどうしても高山宏氏のエッセイがほしくなり、「最近のSFは読んでいないので」と固辞される氏を説得してむりやりご寄稿いただいたことがある。これは野心的な特集で、エリザベス・ハンドからリチャード・コールダー、ストーム・コンスタンティン、デイヴィッド・ブレアまでを貫くサイバーパンク以後の流れを網羅しようとしたものだった。高山氏にそれらの作家たちについて論じていただこうというのではなく、氏の日本語文体そのものがテクノゴシック感覚にぴったりだと感じたのだ。そして入稿した高山エッセイ「二世紀も前にサイバーパンク」が入って一読した特集解説者のフェミニズムSF評論家・小谷真理は、これを「胸が悪くなるくらいテクノゴシックそのもの」と、リダンダントかつパラドクシカルに形容している。幸い、同特集号はここ数年の『SFマガジン』の中でも異例の売れ行きを示したが、それはひとえに高山宏氏の「隠れた文体」あったがゆえのことだったと、わたしは信じて疑わない。

初出 高山宏『ブックカーニバル』(自由国民社)
8/15/1994


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<随想>
小谷真理


世の中には、解けぬ謎が多々ございます。たとえば「一六〇〇年」。はてさて、これはいったい何を意味するんでしょう?

いまから一年ほど前、アメリカの女性作家マージ・ピアシイの著作『彼と彼女とゴーレムと』を再読して、愚頭をかかえてしまいました。というのも、その本は、明らかに、サイバーパンクとサイボーグ・フェミニズムの影響下に描かれたものなのに、ピアシイの問題設定する「一六〇〇年」が、サイバーとかナノテクとかバーチャルとかとどう繋がるのか、最初さっぱりわからなかったので。

とりわけ、サイバーと一六〇〇年という異色の組み合わせ。何か関係があるのでせうか? 結局、ダナ・ハラウェイの示唆するキャロリン・マーチャント『自然の死』とウイリアム・ギブスン<スプロール三部作>を熟読して、ようやっと「言語宇宙のゴーレム」という論文を書き上げ、処女評論集に収録したわけなんですが。これはもちろん三重の留保付き。その後、ユダヤやらエコフェミやらゴーレムやらがこんがらかって、自分でもよくわからないまま増長し続ける迷宮に閉じこめられてしまったのです。

ここで一般論ですけど、モノ書きとは、コミュニケーション・ツールを取り扱っているわりには、孤独な作業を強いられる時間が長いせいか、作業後にはたいていハイになって、書店への日参が増加すると言われています。気の弱いわたしもその口で、けっこうオドオドビクビクしながら書評等々をチェックしまくるわけですが、右のような疑問の迷宮で悩み苦しむある日のこと、高山先生から「キミのグリーナウェイ論、ボクの著書でちょっと触れといたよ」とか予言され、内心「うっぴょーん」と叫んで、蒼ざめたのでございました。そして、ある日、うるわしき魔書、その名も『魔の王が見る』を拝読いたしました。 それにしても、なんという恐ろしげなタイトルでしょう。ただでさえ、八〇年代以降、フェミニストは、「見る」という単語にはフェミ・ニューロンがビリビリでございましょ。そこへ、キミのやってることなんてボクにはぜーんぶお見通しヨーン、といわんばかりの大胆不敵なタイトル。言語道断です。これは熟読・深読み・ヨコシマ読みせずにはいられません。

そこでわたしは『魔の王』をつねに持ち歩き、ある時はドライヤーをかけながら、メシを炊きながら、花に水をやりながら、ベットで、台所で、渋滞中の車中で読みまくったものでした。もちろん「熟読」と決意したからには、副読本をあちこちから呼び集め、万全の用意を整えて。いそぎの原稿が入ったときなども、忘れぬように常にワキにツン読です。このようにしておけば、他原稿を書きながら、フッと目をやると、『魔の王が見る』/『スカートの下の劇場』とか、『魔の王が見る』/『大往生』とか、『魔の王が見る』/『メタフィクションの謀略』とかがそのつど仲良く並んでいて、タイトルがつながっているのを「見る」だけでも、なかなかインスパイアリングな環境が保たれるというもの。いつだったか、執筆中に瞬間的スランプ状態に陥ってしまい、ふと横に視線をうつすと『魔の王が見る』/『女がうつる』というのが目に入り、こいつは相性ワルイねんとか思って副読本を並べ変え、『ファンタジーの森から』/『魔の王が見る』/『愛のシッタカブッダ』のセットと『女がうつる』/『ヴィーナス・シティ』のセットにわけへだてたところ、たちまちスランプから回復、アッという間に原稿があがってしまったこともあります。

こんな苦労の末、ついに、わたしは『魔の王』を読了。そこには、なんと、わたしの論文の完全な盲点が華々しく記されてあったのです。一六〇〇年が、フランシス・イエイツの発掘した「記憶術」の最重要人物・ジョルダーノ・ブルーノの死んだ年であったとは。そして、紙もエンピツも無い時代に勃興した「記憶術」が、ブルーノの死、ひいてはグーテンベルクのパラダイム・シフトで歴史の無意識に潜り、シリコンのパラダイム・シフトを経て、現代電脳文明に噴出して脚光(再評価)を浴びるにいたった経緯について、深く深く考え直すことと相成ったのです。それは、本のインナースペース同士が会話しあう決定的瞬間でした。まったく、自らの浅学は恥じ入るばかりですね。このさきピアシイ『彼と彼女とゴーレムと』論は何らかの形で書き直さなければならないでしょう。

しかし、わたしが学問の栄光をつかみかけたまさにその時、あたかもその事象を告げるかのように、書庫でどどっと異音が響き渡り、ツン読書の山が重力の法則にしたがって、崩れ落ちたのでございます。そしたら、なんと『女性状無意識』が『魔の王』の下敷きに……というか『魔の王』が『女性状無意識』をむりやり組み伏せているではありませんか。そう、魔の王が見る女性状無意識! なんてエッチ、もとい、エロティック!

「くそー。生みの親だって高山先生とデートしたことなんかないのにーっ」と、思わず逆上したわたしは、即座にふたりを棚の上と下にひきはなしてしまったのですが、今ではちょっと後悔しています。作家のコニー・ウィリスは「本と本とが、図書室でお話ししている雰囲気が好き!」と言っていたけれど、そのうち話し声ばかりではなくて、勝手に本が結婚・出産・増殖しはじめたら、しめたもの。それを売って、わたしは左団扇で暮らせるかもしれなかったのに。こんなわけで、あさましい欲望に心をのっとられたわたしは、さっそく自著を『魔の王が見る』のヨコにもどして、決定的瞬間をフォーカスしようと、カメラ片手に、今日も書庫を見張っているところです。
                         9/27/1994
初出:高山宏『ブックカーニバル』(自由国民社)


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<対談>
巽孝之(慶應義塾大学文学部教授)
高山宏(東京都立大学人文学部教授)


:たとえば去年映画化された『スターシップ・トゥルーパーズ』、これの原作小説はハインラインの『宇宙の戦士』なんですが、1960年代に邦訳されたときに、ハインラインはファシズムの作家か否か、みたいな論争があったんです。あの小説には、中に人間が入って動かすロボット風概観の鎧つまり筋肉強化服パワードスーツのように、後のエヴァンゲリオンにつながる思想が出てくる。しかし当時は小説の中の思想の話ばかりしていた。それが77年に文庫化されるときに<スタジオぬえ>というアート集団が表紙や挿絵でパワードスーツをカッコよくビジュアル化したんです。その絵を見てガンダムが生まれ、エヴァンゲリオンが登場してきた。つまり77年の時点でそれが視覚化されていなかったら、今日の世界に冠たる日本アニメの隆盛はなかった。もちろん視覚化にはイデオロギーが刷り込まれているし、視覚文化が一種の非常に心地よいドラッグになるという問題も一方にはあるんだけれども、文学作品が含んでいるビジュアルな要素をどれだけイマジネーションで把握しているかどうかという問題はかなり大きい、と思うんですね。

高山:今の話から僕が考えるのは、日本の国文学の教育ですね。とくに江戸中後期の黄表紙の世界についての研究を僕は非常に疑問に思ったことがある。黄表紙というのは1ページの4分の3くらいが絵で、桜の板の上に字も書いたりしてるけど、つまりは文字と絵の関係を追究しているアートなわけですね。ところが国文学の教育の現場には、黄表紙なのに絵がない。絵がなくて文字だけを活版で読むというのは、いってみれば漫画の絵の部分を読まないで吹き出しだけを読んでる。

:せっせと吹き出しを読んで注釈をつけている。

高山:そう。これはもう全然間違ったことをやっている。まさに言語中心主義、昔風にいえば、絵なんて女子供の世界だという発想ですね。そんなことで黄表紙を読まれたんじゃかなわんと、僕は非常にショックを受けた。これはヨーロッパだって同じで、絵と文字の関係は昔からずっと追究されてきた。『薔薇の名前』という映画で写本ということが知られるようになったけど、中世のわりと無学なお坊さんがラテン語の教典を見ても難しくてわからない。それで何が書いてあるか内容がわかるように絵を入れてある。昔、本の中に絵が入っているのをイルミネーションとかイルミナーティオとかいったけど、あれは光という意味でしょう。字だけだとどうしても暗い、意味がとおらないというときに、絵があると少しは光が入る。暗い内容に光を入れる。つまり絵は、わからない文字をわからせるための道具として、中世にはあったわけですよ。それで中世のキリスト教会が崩壊してしまうとイルミネーションの文化、写本の文化というものも終わってしまうんだけど、18世紀になってまた本の中に少しずつ絵が入りはじめる。そのときにイルミネーションとはいわずにイラストレーションになる。要するにヨーロッパ人にとって本の中に絵を入れるというのはたいへん根源的なことなんです。

:私は最近、18世紀から19世紀はじめの共和制のセンチメンタル・フィクションを研究してるんですが、このジャンルが果たした役割というのは、面白いことに今日のテレビとかのメディア文化に非常に近いところがある。今日のような娯楽がない時代に、小説はそれ自体が限りなく現実に近い嘘という点で、映画とかテレビに匹敵するエンターテインメントだったのではないか。テレビドラマのように消費されたんじゃないか。だからある意味では、読者は文字をあいてにしていてもそこに確実に絵を読み込んだんじゃないかという感じがするんですよね。

高山:ピクチャレスクだよね。絵はなくとも文章の喚起力があるから、大多数の日とはそこに1枚の絵を思い浮かべることができるという能力を、18世紀後半はピクチャレスクといったわけです。

:それで思い出したけど、フィッツジェラルドとヘミングウェイの決定的な違いというのがあるんです。1926年に初めてトーキーが開発されましたね。つまりフィッツジェラルドは25年に代表作『偉大なるギャツビー』をサイレントの感覚で書き、以後は失速していく。ヘミングウェイはまさにその26年に『日はまた昇る』を書き、以後は完全にトーキーの感覚で続々と傑作をものにしていく。今のわれわれには映像に音が付随して当然ですが、1925年に一つの断絶があって、それ以前のサイレントのパラダイムで書いている作家と、トーキーのパラダイムで書いている作家とは、全然違う視覚的言語空間に属しているのではないか。それにヘミングウェイはタイプライターがあったから傑作が書けたといわれている人ですよね。

高山:タイプライターを打てる人が新しい文学を創り出すなんていうことは、たぶん日本人の感覚からいうと文学に対する冒涜だね。手書きだろうがタイプライターだろうが、同じ作品を書けるのが作家の独創性だという論議でしょう。だけどそうじゃないんだよね。やっぱり手で書くかタイプライターで書くかで全然違ってくる。今の話を何世紀かの単位の大きな話にすると、結局、文学とメディアの問題になりますね。絵をメディアとして考えないかぎり《文学を見る》という感覚は出てこないと思う。そこで一つ結論が出ますね。300年ぐらいにわたって言語だけが特権化されて、視覚、音楽など他のメディアと隔絶してきた。言語で伝えるものが性格で啓蒙主義の趣旨に合うとされてきて、それに対して絵というのは雑駁でルールも読み方も決まってないとー本当は読み方があるんだけどねー抑圧されてきたわけだね。それがやっとこの30年くらいで、やっぱり文学も絵メディアだったという基本的な感覚へ到達したということでしょう。だから今は、言語がすべてという時代に比べると、文学は創造力豊かなものに向かってより開かれていると思いますね。

初出:『AERA』1999年7月12日号